En hommage à SPI

SPIへのオマージュ

ルールで書かれた歴史 (SPI)「Battle for Stalingrad」

五ヶ月におよぶスターリングラード戦は、スピードと機動戦術を得意とするドイツ軍の利点を生かせないものだった。瓦礫と化した市街で、兵士は装甲車両から降りて第一次大戦時代の浸透戦術に戻らなければならなかった。8~10名の班、火炎放射器、手榴弾、スコップが主たる兵器だった。

ソ連はバルバロッサ作戦開始前から、軍備の保有量において圧倒的にドイツを上回っていた。独軍は1941年の冬までにモスクワを占領することができず、翌年のブラウ(青)作戦は、ドイツ軍の補給能力を超えた実現不可能な代物だった。ドイツB集団にとってスターリングラードは作戦の主目標ではなく、そこに11個師団を投入することは当初の予定になかった。

仮にスターリングラードを占領したとしても、いずれはソ連軍に包囲殲滅される運命にあった第六軍は、作戦実施前から地獄への片道切符を手にしたようなものだった。

昨年対戦する機会に恵まれたこのゲーム、「Battle for Stalingrad」のすばらしさは、何年経って対戦しても、はじめてルールを読んだ時の感動が蘇ることです。それはまるで、読みなれた文庫本を開くようなものです。

ゲームシークエンスは、
 1. 水平爆撃
 2. 急降下爆撃
 3. 砲撃
 4. 歩兵戦

の順で行われますが、これはドイツ軍の戦術の手順そのものです。独軍は、集中的な空襲の後に砲撃を行い、最後に中戦車に護衛された歩兵グループが、必要ならスツーカの戦術擁護のもとに投入されました。スツーカの擁護は[10.0] Dive Supportでルール化されています。
戦車の効果は、Armorユニットがスタックすることで、ソビエト軍の砲撃力が1/2~1/4になる、歩兵の戦力はより大きい数字を採る、などのルールに反映されています。
「ブレークスルー」ルールは、言うまでもなく独軍の機動力を表したものです。「オーバーラン」は、実際に使うことは少ないですが、独軍電撃戦術のルールです。

一方、チュイコフ中将が出した指令は「敵に抱きつくこと」で敵の空襲を避けることでしたが、これも水平爆撃はドイツ軍ユニットが隣接するヘクスに禁止されていることで表現されています。
ソビエト軍の戦術「Active Defense」は、インスタント・カウンターアタックとしてルール化されています。

このように、「Battle for Stalingrad」では、ルールが史実と符合しているのです。

スターリングラード 運命の攻囲戦(アントニー・ビーヴァー著)」には、ソ連兵にとって、独軍よりNKVDの方が怖かった、と書かれています。

ソ連当局にスターリングラードで処刑されたソ連将兵は、1個師団を上回る1万3千人に達していました(wiki)。脱走兵を見逃すと反逆罪で逮捕、厭戦的な発言をすると反革命主義者として処罰、ソ連兵は、いったん前線に送り込まれたら死力をふりしぼって前進する以外になかったわけです。

史実通りなら、毎ターンごとに、処刑で一定の数のソ連軍ユニットが前線から消え、同じ数のユニットが後方から補充され(その補充ユニットは独軍から攻撃され)なければなりませんが、これはルール化されていません。後方に送られるソ連軍負傷兵の数が輸送力を超えたため、河岸に山積みになった(結果的に死者が増えた)こともあったようです。

「10月23日 - バリカドイ兵器工場のほとんどがドイツ軍の手に落ちる。前日には初雪が降った。」と本には書かれていて、これは第6ターンに相当するのですが、独軍の敗北を予言するような降雪もルールから省かれています。

ソビエト軍増援は、ゲームでは三箇所のフェリー乗り場から行われますが、実際はもっとたくさんの地点に送られました。独軍が射撃する対岸に向かってヴォルガ川を渡河するようなめちゃくちゃな事もあったのです。左岸にラフトが着いたら全員死んでいた、ということも実際にありました。ゲームでは、ソ連軍の人命軽視は描かれていません。本来勝てないような戦いに、ソ連軍は不思議な力を発揮して勝つわけですが、その理由のひとつは湯水のように注いだ人命であったと思います。

ゲームと史実本との一番の違いは、敵に対する憎悪です。ソ連兵にとって、第六軍はロシアの村落で虐殺行為を働いてきたナチであり、同じ人類とは思えない集団なのです。しかし、ゲームをしていて相手方プレイヤーに対する憎しみはうまれません。その辺は「対立する二者の関係をプラグマティックにルール化する(ジムダニガン談)」ウォーゲームの目的ではないので、歴史書を読んでイメージするしかありません。

デザイナーズノートでジョン・ヒルは、「ゲームのルールは、プレイヤーを制限するものでなく、プレイヤーができることを書くべきである」と述べていますが、「Battle for Stalingrad」はそれを地で行っていると言えるでしょう。

ジョン・ヒルが、ルールで描写した1942年のスターリングラードは、ターンマーカーを1に置くと、機械のように動き出します。

【写真1】第六軍パウルス大将が「10日の攻撃と14日の再編成で占領できる」とヒトラーに報告したスターリングラードソビエト軍の初期配置。一見して弱そうに見えるのだが...