En hommage à SPI

SPIへのオマージュ

WS&IMのフリゲート艦

前々回に引き続き、AH「帆船の戦い」の異業種交流戦
ウォーゲーム未経験の知的生産に関係する人達との対戦でしたが、ミニチュアのおかげでゲームに関心を持ってもらいやすいようです。

そしてルール説明を10分で理解し、独自の戦法で攻めてくるのはさすがです。
形勢が見えた段階で終了するなどということもなく、いずれかの最後の一隻が沈むまでゲームは続きました。



フリゲート艦やスクーナーなどのミニチュアを使い、都内でシナリオ三本を対戦しました。


【シナリオ23 カーボベルデの遭遇戦】
1815年2月20日、西アフリカ、ダカール西500kmで行われた夜戦。
チャールス・スチュワート指揮のフリゲートUSSコンスティチューションは、舷側砲とマスケット銃の4時間の応報の後、六級艦HMSサイアニー(22門艦)と六級艦レパント(20門艦)を捕獲した。
イギリス船員も熟練した技量を持っていたが、スチュワート艦長の操艦技術はそれを上回るものだった。

[詳細]
ボストンを出港したUSSコンスティチューションの任務は太西洋の通商破壊であり、二隻の私掠船とともにカーボベルデ(ポルトガル領)に拠点を置いた。
1815年2月20日1:00PM、USSコンスティチューションは南に二隻の艦影を認めた。両艦ははじめは距離が離れていたが、5:30PMには接舷する距離まで移動していた。これらはHMSサイアニーとレパントであった。

逃げるより戦うことを選んだ両艦の艦長は夜まで時間をかせぎたかったが、突入してきたUSSコンスティチューションによって6:10PM、230mの距離で戦いの火蓋が切られた。
この時、USSコンスティチューションは風上、その左舷船首にサイアニー、左舷船尾にレパントを捉えていた。

約15分間の砲撃の応報の結果、風下にたまった砲煙でUSSコンスティチューションからイギリス艦が見えなくなった。スチュワートが砲撃を停止させると、硝煙のかなたから見えたのは、船尾にまわってRakeをとろうとするHMSサイアニーだった。

スチュワートはバッキングセイルを命じ、HMSサイアニーのRakeを取った。続けて、レパントがUSSコンスティチューションの船首Rakeを取ろうとしたため、スチュワートは前進を命じ、レパントの船尾Rakeを取って砲撃を行なった。

リギンを破壊されたレパントがドリフトを始めたので、USSコンスティチューションはHMSサイアニーに切って返し、6:50PM、HMSサイアニーは降伏した。

8:00PM、米海軍ホフマン少尉がHMSサイアニーの指揮を取り、スチュワートはレパントの捜索を開始した。

8:50PM、レパントは発見され、HMSサイアニーが降伏したことを知らないレパントは風上に帆を切って戦いを挑んだ。両艦は進路を交差させながら砲撃を行なったが、9:30PM、レパントが風上に切った時にUSSコンスティチューションはこれを追い越し、降伏を余儀なくされた。

アメリカ側の死者6名、負傷9名に対し、イギリス側は死者19名、負傷42名だった。

[対戦]
フリゲート艦対スクーナーの戦い。
戦力の差がありすぎてゲームをする前から結果は明白です。USSコンスティチューションがカノン砲を持っているのに対し、イギリス軍はカロネード砲しか持っていません。したがって、イギリスの砲弾はそもそも当たりません。逃げ回るイギリス艦とそれを追うコンスティチューション。


【シナリオ21 エリー湖の湖上戦】
米英戦争中の1813年9月10日、エリー湖オハイオ州湖岸プット・イン・ベイ近くで戦われた水上戦。アメリカ海軍の9隻の艦艇がイギリス海軍の6隻の艦艇を打ち破り捕獲した。

[対戦]
シナリオ23もそうだが、ブリッグ、スクーナーなどの小型艦はHULLが3、CREWが2だったりするので、二回の戦闘で全壊になる。
この対戦ではイギリス側のブリッグがすぐに降伏し、米デトロイト(19門)はローレンス(20門)とナイアガラ(20門)を単艦で勝負しなければならなかった。


【シナリオ16 リッサ海戦】
1811年3月13日、アドリア海のリッサ島で、イギリスとフランス・ベネツィア王国混成の、いずれもフリゲート戦隊同士で行われた海戦。

フランス・ベネツィアが、占領を目的としてリッサ島に接近したのに対し、ウィリアム・ホスト艦長指揮のイギリスのフリゲート戦隊がそれを阻止し、撃退した。

[対戦]
フランス艦のCREWがアベレージなので絶対に勝てないと思ったが、結果はイギリス側が全損。イギリスにはカロネード砲のみというのが一隻あって、これが使えない。WS&IMはイギリス、アメリカのワンサイドゲームではないようだ。


【感想】
午後4時30分からはじめて、夕食をはさんで終わったのは11時30分。ゲームへの集中力と本気度は、ただの海戦ゲームとは思えないほどでした。